近年、中小・小規模事業者を中心に人手不足が深刻化しています。
田舎の中小企業はヤバいですよ。転職ブースに出展しても、一日いて来るのが3人とかザラらしい。
もちろん弱小バイオベンチャーも同様の問題に直面しているでしょう。
専門性のある優秀な人材を確保したい、だけど給料はメガファーマみたいに払えないってことで、なかなか折り合いをつけるのが難しいと思います。
そんな問題を解決する手段として、活用されているのがストックオプション。
今日はこのストックオプションについて考えてみるぞ。
*またメドレックスをネタにするけど今回はそんな他意はありません。
ストックオプションとは
ストックオプションは「あらかじめ決められた価格で株式を購入できる権利」です。
1株100円で買う権利を付与された役員や従業員は、将来株価が1株300円になったとしても、権利を行使すれば100円で株を買うことができます。
100円で買った株をすぐに市場で300円で売却すれば、200円ゲット。
うまくいけば大儲け。
貧乏な会社は大きな給料を払えないので、ストックオプションを付与することで、
[voice icon=”https://yukiyuki13.net/wp-content/uploads/2017/05/cropped-logo.jpg” name=”(会社)” type=”l line”]「キミにはストックオプションをたくさん上げるよ。将来株価が上がればそれ行使して売っちゃえば良いじゃん。だからうちの会社に来てくれや」[/voice]
と、耳元で甘い言葉を囁くわけです。
お金を払うことなく「バリバリ仕事もするけど見返りも欲しいぜ」って至極まっとうな考えを持つ従業員を雇用することでができます
ストックオプションのメリット
先ほど書いたように、財務的な余裕がない企業でも優秀な人材を集められることは、もちろん大きなメリットの一つ。
さらにストックオプションを付与された従業員は、株価の向上が自分の利益に直結するため、会社への忠誠心やモチベーションが向上するというメリットがあります。
赤字続きで常に金欠のバイオベンチャーなんかは、導入していないところのほうが少ないでしょう。
「株主との価値の共有化」といったことも書かれたりします。
ただこれについては大いに疑問。
また後で書きます。
ストックオプションのデメリット
ストックオプションにはメリットもあればもちろんデメリットもあります。
ストックオプションが乱発されれば、既存株主にとっては新株発行に伴う希薄化が発生します。
どういうことかというと、会社の発行株数が多くなれば、1株当たりの希少価値が下がってしまうのです。
これが「希薄化」。
希少価値が下がるということは、株価の下落に繋がります。
株価が上がって既存株主が「ウハウハ」してるときに、従業員にストックオプションを行使されると、希薄化が発生し株価への下落圧力に。
また、株価が上がって従業員がストックオプションをすべて行使してしまえば、ドライなヤローは去ってしまうかもしれません。
それを防ぐために、会社は新たなストックオプションを発行する可能性もあります。そうなればまた新たな希薄化リスクが発生します。
一方、ずっと権利行使できない状態(市場価格が1株50円なのに、ストックオプション価格が1株100円のようなケース)が続けば、
[voice icon=”https://yukiyuki13.net/wp-content/uploads/2017/06/face4.gif” name=”(従業員)” type=”r”]こりゃいつになってもストックオプションでのキャピタルゲイン(売却益)をゲットできないな。給料として安定したお金を貰える会社に転職したほうが割が良いんじゃね[/voice]
と、これまた従業員の士気低下と離職の促進に繋がる可能性があります。
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知られざる株主にとってのストックオプションのデメリット
上記に書いたように、ストックオプションはメリットデメリットありますが、株主にとってはどうでしょう。
人によって意見は異なると思いますが、ぼくは財務的に厳しいバイオベンチャーにとっては従業員へのストックオプションはメリットのほうが大きいと考えています。
従業員に頑張ってもらい、結果として株価が上がれば株主にとっても喜ばしいことです。
バイオベンチャーに投資をする株主と一緒。従業員にも夢を与えてあげないと、安定した人材確保と維持に繋がらないもんね。
希薄化と言ってもそこまで通常そこまで大きなものにはなりません。
ただし、社長をはじめとする役員へのストックオプションとなると少し話は違ってくる気がします。
メドレックスは2016年2月12日に有償ストックオプションの発行を発表しています。
概要は次の通り。
新株予約権の数:取締役5名に5,000個(1個100株)、子会社取締役2名に700個。
希薄化率:8.2%
行使価額:1株391円
8.2%ということで、かなり大きなストックオプションです。
2018年の3月、メドレックスの株価は2,000円を超えましたので、仮にこのときに行使をすれば取締役1人当たり約1億6000万円のお金を手に入れられたことになります(実際には、このストックオプションを行使できる条件として、2020年までに売上が7億円を超えた場合といった条件が付けられており、メドレックスはまだこの条件を満たしていないため行使はできません)。
下記は、天才バイオ投資家バイオテックマニアさんが、自分でまとめたバイオベンチャーの役員報酬額一覧をブライトパスバイオに送付し、「あんたのところ高すぎやないの?」とツッコんだところ(なお、バイオテックマニアさんは紳士なので関西弁ではツッコんでおりません)、なんとブライトパスは役員一人当たりの報酬額のリストに校正して送り返してきたというオモシロツイート。
ブライトパス:新興バイオ企業の役員報酬額リストを添付し広報担当者に役員報酬額の妥当性を再度問いました。
何と担当者から役員一人当たりの報酬額のリストに校正され送り返されてきました。完全にお寒いネタです。😅
会社側が役員報酬を問題と認識していないことがよく分かりました。 pic.twitter.com/8oE8p0Gjpj— BiotechMania (@BiotechMania) 2018年7月11日
これを見ると、メドレックスは一人当たり役員報酬額は決して高くありませんが、ストックオプションも加味すれば実際の旨味はかなり大きいことが分かります。
これは本人たちも夢見ちゃうよね。
メドレックスのストックオプションは「有償」であり、1個当たり485円の新株予約権の自己負担がかかりますが、もちろん全員がフル購入しています。
ただ、本質はそこではありません。株価さえ上がってくれれば役員も従業員も株主もみんなハッピー。企業価値を上げるために役員が「頑張る」モチベーションになってくれるのであれば、まあ許容できます。
なので一見、希薄化以外に株主が被るデメリットはないようにも思われますが、一つ大きな問題が。
ストックオプションを保有している人の「値下がりリスク」は「行使価額」で打ち止め。
ストックオプションはあくまでも「権利」。
実際に行使するかしないかは付与された人が自分で決めればOKなわけです。
よくストックオプションの発行によって「役員が株主が価値を共有できる」と書かれているケースが見られますが、これは明らかに間違いです。
なぜなら株価が行使価額を下回ったら損失を被る株主に対して、ストックオプションを保有している役員は、当然ながら行使価額を割れば権利行使をしないので損失は「ゼロ」です。仮に有償ストックオプションであっても、コストはストックオプションの購入時に発生しているので、株価下落によっての直接的な損失を受けることはありません。
つまりぼくが何を言いたいのかというと、仮に自己の利益だけを考えた場合、役員にとってはハイリスク・ハイリターンの企業戦略を採用することが合理的ってこと。
より詳しく説明します。
1.20%の確率で1000億儲かるか、80%の確率で100億損するかの事業
2.90%の確率で100億儲かるか、10%の確率で50億損するかの事業
この2つがあるとしたら、ストックオプションを付与された役員は自分の利益だけを考えた場合、どちらを採用するほうが「お得」でしょうか。
期待値としては、
1.は20%×1000億-80%×100億=120億円
2.は90%×200億-10%×50億=175億円
2のほうが55億大きいですね。
なので会社の正しい戦略としては明らかに2です。
ただしストックオプションを保有している役員が、そのストックオプションによって得られる利益だけを考慮すれば、実は1.を選択する方が合理的と言えます。
なぜなら先ほど書いたように、仮に事業に大失敗し株価が行使価額を下回ったとしても、ストックオプションを行使しなければ損失を被ることはないからです。
つまり期待値の計算は下記になります。
1.は20%×1000億
-80%×100億=200億円2.は90%×200億
-10%×50億=180億円
この通り、1.のほうが20億大きくなります。
まぁこれはちょっと大げさですが、ライス大学のゲリー・サンダース教授と、ペンシルバニア州立大学のドン・ハンブリック教授が950人のアメリカの経営者を調査した結果、多くのストックオプションを持っている経営者ほど、より大きな「賭け」に出ることが分かっています(参考図書:ヤバい経営学)。
ストックオプションによってもたらされる経営者の賭けという名のリスク行動が、株主価値に一致したものとは限りません。
これは経営層へのストックオプションがもたらしえる株主にとってのデメリットの一つだと考えています。
先ごろメドレックスは、マイクロニードル工場の治験薬・量産薬工場建設のため、40億の巨額増資を発表し、株価は暴落。結局増資は失敗し、当初「提携のために必要不可欠」としていた量産工場建設を中断し、治験薬工場を先行して建てるとしています。
メドレックスが決算発表。
「MNの提携には量産工場が必要不可欠→だから40億増資するで→株価暴落→増資やめるで→治験工場だけひとまず建てるで→量産工場はまた今度考えとくわ」
めちゃくちゃすぎだろ…。
治験工場だけ建ててどうすんの?
メドレックスの社長って誰でもやれるんじゃないですかね。— yukiyuki (@commu_blog) 2018年11月10日
明かな矛盾が発生しています。
なお、 この件に関してバイオ投資家のmotiyamotiyaさんがIRさんに確認をすると下記のような返答があった模様。
メドレックス、IRに気になった所聞くと
↑の武田三共の契約金については言えない
MNは商業提供できる基盤を示せなければ先へ進めないんじゃなかったのか→複数の相手がありそうじゃない所もある
一億売上確実必要問題については会社も認識してる
そんな感じでした— motihamotiya2 (@cjhiking) 2018年11月14日
実ははじめから複数の相手がおり、治験薬工場だけでもOKという選択肢もあったということです。
それでもメドレックスはより大きなリスク行動である「量産工場も含めて建設する」ほうを採用しました。
メドレックスの場合は経営者は創業家であり、今回の選択が役員が持っている大きなストックオプションの有無によって判断されたものだとは全く思っていませんが、そもそもリスクの高いバイオベンチャー。
結果的としてそのリスクを株主にだけ押し付ける形になるのは、長期的に見れば会社にとっても良いことではないかと。
従業員へのストックオプションは賛成ですが、役員(特に社長)に対しての多額のストックオプションは役員報酬と同様に妥当性のあるものなのかを注視していく必要があるかもしれません。
あるいは株価が下落してストックオプションを行使できなかった場合、事前に定めた金額で一定の株数を買い取るといった一種の「ペナルティ」を付与するとか……。
なかなか難しい問題ですが、真の意味で「役員」、「従業員」、「株主」のリスクが見合う仕組みが出来れば良いんですけどね。
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